Twitterでは看護師さんや放射線技師さん、臨床工学技士さん、お医者さんなど、様々な医療従事者の方と一緒に、日本の医療はどうしたらよくなるのか?についてディスカッションしています。
様々な医療従事者の方と接していると、とあるTweetを良く目にします。
それは「看護師や介護士など、医療業界では教育が下手くそなのは何故?」問題です。
今回は、何故医療業界では教育が下手くそで、時にはパワハラまがいの指導になっていまうのかという問題について考えてみました。
Twitterをしていると、「看護師辞めたい」「新卒看護師だけど辞めたい」「教育実習辛すぎて辞めたい」というツイートを多く見かけます。
看護師やってて、死にたいか辞めたいの2択しか思わない
— H (@roikuroi) November 6, 2019
本気で辞めたい系看護師1年目で集まりたい🙋♀️
DMでも何でもいいので声かけて下さいな☺️
普段話せない仕事の鬱憤爆発させましょう。— 無看👑 (@munouNs) November 2, 2019
あー、仕事辞めたいなー
先輩!一年目をバカにして楽しいですかーーー??笑
鼻で笑われたり、ちょっといってることわからないですとか笑いながら言われたら普通に勉強するモチベーション下がりますーーー
分かってやってますかーーー?— 新人看護師 (@a5HQnC5XdfIKUJA) November 6, 2019
ちなみに私も、新人看護師の頃は毎日死にたいと思いながら働いていました。
私は新人の頃、毎日死にたいと思いながら出勤してました
今この瞬間、地下鉄に飛び込めば、明日出勤しなくていいかな
バスの前に座ってるおじさんの頭を強打して逮捕されれば、出勤しなくていいかなそんなことばかり考えて、それでも1年乗り切りました
体重も、1年で10kg痩せました— さくらこ先輩はオペナースを辞めたい (@sakurako_ope) November 5, 2019
看護師が辞めたい理由は様々あると思いますが、私の場合は厳しいプリセプターによる指導でした。毎日会うのが嫌で嫌でたまらなくて、すれ違わないように移動するルートまで緻密に計算していたほどです(笑)
とにかくプリセプターが怖くて仕方がありませんでした。
看護師は「人に思いやる」仕事とか、「患者への指導」をする人なのに、どうしてこのようなパワハラまがいの教育をしてしまうのでしょう?
この問題は個人差、心理的問題点、業務の多忙さ、などがありますが、私が一番感じるのは「教育に対する考え方の古さ」だと思っています。
私は長年、新人教育、メンター教育などに携わってきました。
そしてその中で、私たちは教育に関してとても無知であるという事実にたどり着いたのです。
今回は、看護師として10年以上の経験を持ち、現場で長年教育に携わってきた私の視点から、この医療現場における教育問題を深堀していきます。
現場教育に悩んでいる方、この記事を読めば少しは問題解決になると思います。
逆に、現在教育を受けていて辛い思いをしている方、今回の記事を読んで自分の所属する部署に改善の余地がないと感じたら、一刻も早く逃げることをお勧めします。指標になるのは「教育をしている人が査定される環境にあるか」ということです。
理由1 看護のカリキュラムに教育がないから
私たちは看護学校で様々な勉強をしてきました。
それでは質問です。看護学校で、または大学で、「教育学」を学んだ人はいるでしょうか?(ここでは看護師が教える教育学ではなく、教育を専門に研究している講師から受ける教育学を指します)答えはおそらく「ノー」だと思います。
看護学校では、社会に出た時に「看護師として即戦力」になれるような教育を受けていきます。基礎医学、基礎看護学、基礎解剖学…。
当たり前のことですが、看護師が成長した後、「誰かを教える立場になった時の教育の仕方について」なんて教える時間はありません。
私たちは教育について、教育を受けていないんです。
なのに、当然のように教育を任されます。これっておかしいとは思いませんか?
自分が実践できることは「教えられるはず」と考える医療現場の事実
現在の看護業界において、一番オーソドックスなのはプリセプター制度ですね。昨今ではPNS(パートナーシップ・ナーシング・システム)なんかも出てきました。
果たして私たちは、教育が何たるか知った上で教えられているでしょうか?
教育について学んだことも無いのに?
こんな場面、よくありませんか?
先輩「〇〇さん、あなた××の処置やったことあるよね?新人さんのフォローについてくれる?大丈夫大丈夫、やったことあるなら出来るから~よろしくね~」
突然、教育を任されるあなた。
不安そうな新人。
でも実際教育は、「自分がやる」のと「相手にやらせる」のでは勝手が違います。
どこまでやらせたらいいのか、どこまで手を出したらいいのか、そこを会得するにはしっかりとした教育の勉強が必要です。
しかし残念ながら、現場教育ではそうした「実践的な」教育方法を教えてもらえる機会はそうそうありません。
人は教わったようにしか教えることが出来ない、の弊害
よく、人は教わったようにしか教えられない、と言います。
実際に、「私の頃はこうだったんだから」と言って、勝手に判断して一人でやらせようとするお局様なんか目にします。
果たして、人は教わったようにしか教えられないのでしょうか?
私は、断じて違うと思います。
プリセプターに毎日追い詰められた日々。
新しく入った新人さんにそんな経験をして欲しくなくて、私は反面教師的にプリセプターとは真逆の教育を始めました。
「1回教えたことは2度と教えないよ」→「何度でもきいていいからね」
出来ていないことだけ指摘する→出来ているところも認めてあげる
「このくらいって、何cm?具体的に答えてよ」→無駄に威圧的な言葉で相手を陥れない
「敬語も使えないなんて、ちゃんと研修受けてきた?」→言葉遣いはやんわりと指摘する
私の教え方については賛否両論はあるかもしれませんが、新人教育は「教えられたようにしか教えられない」というのは嘘です。なぜなら、私が実際に真逆の教育を実行できたという実績があります。
ただし、現場教育では「教えられたように、教えることしかできない」人たちが見受けられます。「模倣する」ということは悪いことではありませんが、「もっと良くするにはどうしたらいいのか?」と発想転換出来ないのは残念に思います。
これは次の理由にあげられるような、教育の現場教育の基礎の低さからくるものだと思います。
理由2 看護教育を看護の中から作り出そうとするから
これはいつも不思議に思っている事なんですが、看護師って看護論がこの世の中で一番素晴らしいものだと思ってる傾向にあるんですよね。
「そんなわけないじゃん。
もっと他に素敵な学問がいっぱいあるのに、何故他から学ばないのだろう?」
私は常にそう思っています。
教育を専門に研究している人を差し置いて、看護師は独自で「プリセプター制度」や「PNS(パートナーシップ・ナーシング・システム)」を作り出して、看護教育学という新たな学問として確立させます。
しかし看護教育学の根底にあるのは、看護師をやってきた「経験」から編み出された、「看護離職をどうしたら防げるのか?」というお題目の元、作られたシステムでしかないと私は思っています。
教育される側の心理や、教育する側の心理、如何に正しく教えることが出来るのか、という具体的な教える方法は基本無視されています。
看護の偉い人は、看護論がこの世の中で素晴らしいと思っている事実
看護は、看護師の精神衛生が健やかな状態で患者に提供されれば、そりゃあ素晴らしいと思いますよ。人を看るということは、誰しもが持っている視点だし、環境に目を向けて、正しい道へと導くという点においては。
ただし、看護の偉い人は、あまりにも看護に盲目的になっているあまり、他の技術や学問をないがしろにしている気がします。
なんでもかんでも、看護師の経験から導き出された看護論が絶対的な善であるという認識がついて回ります。
心理学や教育学、色んな実践的で革新的な学問が研究され、実際に企業などで取り入れられている中、看護はどうでしょう?いまだにナイチンゲール、ナイチンゲールって…。
ナイチンゲールは確かに素晴らしいかもしれないけれど、例えば会社経営している人が「ドラッカーは素晴らしい」って言っているようなもので、結局は「現場で即戦力的に使える学問ではない」と私は思います。
これだけ社会が年単位で様変わりし、義務教育も大学教育も少しずつ変化していく中で、現場だけが数十年前と変わらず時が止まったまま。
色んな研修などは増え、PNSを導入したかもしれませんが、根本的な職場体質が変わらなければ結局は「変わってないのと一緒」です。
理由3 常に多忙な現場で、他人を気遣う余裕が失われているから
医療現場の多忙さは、皆さんご存じの通りかと思います。
そんな中、通常の業務+教育をするという二重の職務を私たちはこなしています。
多忙さは、人の心を失わせてしまう恐ろしいもの。
普段は温厚な人でも、忙しい時に「今よろしいでしょうか?」と聞かれると、つい「今忙しいから後にして」と言ってしまいがちです。それだけならまだいいのですが、つい苛立ちのせいにして「ていうか、忙しいって見てわからないの?」とか言ってしまいます(私は言わないですけどね!)。
心を亡くすと書いて「忙しい」 忙しさは優しさを消してしまう
ADLの低い人が多く、急性期で、体位交換やトイレ介助、コール対応でひっきりなしに呼ばれては対応する、というような病棟もあると思います。
やっとナースステーションに戻って一息ついて、さて記録を書こうとしたところに「今よろしいでしょうか?」と声を掛けられる。
苛立つのもわかります。
医療者の多忙は、日本の医療体質にあった
何故私達医療従事者は、毎日心を亡くすほど時間に追われて働かなくてはならないのでしょうか?
ここはひとつ、諸外国と比べてみました。
日本の病院は、病床数が世界の中でも圧倒的に多いのだそうです。
その代わり、病床に対する医者の数が圧倒的に少ない。
そして、病床数あたりの看護師数もアメリカと比較すると圧倒的に少ない。
つまり、日本は病院を作りすぎていて、病床数も多い。
空床率を減らすために、どんどん患者を入院させて、少ない医療者でどんどん医療を回して、ようやく稼げるシステムになっているわけです。
これでは、医療従事者も疲弊していくばかりです。
日本の医療問題、こんなところにも影響していたんですね。
もっと医療者が教育に力を注げるくらい、心に余裕をもって仕事に取り組めるシステムになってほしいですよね。
理由4 教育する側を評価する指標がないから
新人さんはチェックリストを用いて到達度を見極めますよね。
では教育の方法が正しかったのか、到達度を見極める場面ってあるでしょうか?
私の病院にはありません。
あるならぜひとも教えて欲しいです。
教育の場面において、教育の質は問われないんです。
教育者の態度とか、新人とのやり取りがどうだったのかを問われることはありますが、実際の指導場面での良し悪しを評価することって、なかなかないと思います。
オペナースで言うと、例えば「結紮(糸で組織を結ぶこと、大概は止血などで使われる)の介助が上手くできなくて、開腹手術が独り立ちできない新人看護師」がいたとします。
その時に、どんな指導をするでしょうか。
A「何回言えば出来るようになるの?ちゃんと家で振り返りしてるの?」
B「経験を重ねれば出来るようになるから!頑張って!」
C「どこが出来ないかわからないから、一緒に練習してみようか!」
結果、新人看護師は出来るようになりました。
このような場合、評価されるのは「新人看護師が出来るようになった」という結果だけで、どのような過程を経て出来るようになったのか、を問われることはあまりありません。
看護は良く「過程が大事」と言いますが、結局私たちが管理できるのは「結果」だけ、ということになります。
新人が出来る人なら、教育がひどくても表沙汰にはならない事実
1年目から出来る新人看護師、というのは存在します。
何を聞いても即座に答えられるし、解剖生理はお手の物。
一度聞いたことは忘れないし、失敗も少ない。
この場合、プリセプターの評価は「ちゃんと教育できてるね」となる場合が多いです。
何故なら、誰も過程を評価できていないからです。
しかし、プリセプターが出来ているのではなく、あくまでも新人さんの基礎が高かっただけなんです。
そして次の年、今度は容量の少し悪い新人のプリセプターになることになったら、どうでしょう?
お察しの通り、全然指導が上手くいきません。
そしてこう思うのです。
「私が悪いんじゃない。あの子は出来ないから、いくら教えたって無駄なんだ」
指導の匙を投げても、査定には響かない事実
「さくらこ先輩じゃないと、あの子は無理ですよ」
こうやって、匙を投げられた新人を私は何人も請け負いました。
特にオペナースでつまづくのが開心術の器械出し(直接介助)です。
同時に複数のオーダーが出て、手術の展開が速く、器械の数も膨大で、解剖生理がわかっていないと何をやっているのか理解できませんし、もちろんついていけません。
私は開心術のフォローが出来て、初めてオペナース教育者として一人前だと思っていますが、「私にはできない」とあっさり諦めて、そしてそれを容認する上司がいます。
そして、それは査定に響きません。
教育は努力せずに難しかったらベテランに任せればいいや、と思っている人が複数人いるのは事実です。面倒事は他人にお任せ~っていうことです。
まとめ
今回は、何故看護師は教育が下手なのか?について深堀しました。
自分が実践できることは「教えられるはず」と考える医療現場の事実
人は教わったようにしか教えることが出来ない、の弊害
看護の偉い人は、看護論がこの世の中で素晴らしいと思っている事実
心を亡くすと書いて「忙しい」 忙しさは優しさを消してしまう
医療者の多忙は、日本の医療体質にあった
新人が出来る人なら、教育がひどくても表沙汰にはならない事実
指導の匙を投げても、査定には響かない事実
この教育問題は「看護師の離職の原因の一つ」だと思っています。こうすれば改善されるのではないか?という解決策を1つでも多く見出して、日本の医療がどんどんいい方向に変わっていけばいいなと思っています。
このブログでは、このような「日本医療の何故?」について、様々な視点から言及していきたいと思います。この看護教育問題に代表されるような悪しき慣習から、日本医療を変える方法を模索していきます。
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