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「一般常識」という固定概念を捨てる

新人看護師への理解

私たちは生まれて今までの間に、様々な固定概念を形成して育ってきました。

「一般的にはこれが普通」

「普通の人ならこう考えるだろう」

「日本ではこうするのが当たり前」

しかし、この固定概念が新人と向き合った時に大きな壁になり、教育の邪魔になることがあります。

「今の若い人はこうだから仕方がない」とあきらめるのではなく、自分の考え方を一回取っ払ってみる。そうすることで、相手のことをより理解できるようになります。

固定概念を捨てるシリーズ、1回目はこちらのテーマです。

私の「一般常識」と相手の「一般常識」は同じだ、という考え方を捨ててみる

 

この記事では、教育現場でありがちな「最近の若いもんは」問題が、なぜ教育の弊害になっているのかについて解説します。

さらに、この一般常識を捨てるにはどうしたらいいのか?についても一緒に解説していきます。大事なのは「私とあなたは別の人間である」と認識することです。

諦める教育から、一歩進んだ教育へ。
一緒に学んでいきましょう。

 

「一般常識」という考え方を捨てるメリット

「一般常識は知っていて当たり前」という考え方は、現代にはそぐわなくなってきました。この「一般常識」という考え方自体を捨ててみると、様々なメリットがあります。

メリット1 価値観の違いでイライラしなくなる

メリット2 時代背景にあった教育が出来るようになる

メリット3 「常識」を他人に押し付けなくなる

1つずつ解説していきます。

 

メリット1 価値観の違いでイライラしなくなる

私の一番大事なのものが、他人にとっても一番大事であると、人は常に誤解しています。その感情のすれ違いが、いさかいの原因になるのです。

一般常識もこれに当てはまります。

「こうするのが普通でしょ?」と一般常識だと思っていることが、他人にとっては違うことがあります。特に年齢層が異なる場合、この一般常識がかけ離れていることが多いでしょう。

 

例えば礼儀をわきまえる。この一般常識は、結構もめている原因になっているのをよく目にします。

育ってきた環境にもよると思いますが、どこまでしたら礼儀をわきまえていると言えるのかは、人それぞれ違います。

 

私の周りの体験談になりますが、新人は翌日のフォロー担当が決まった時点で先輩に「明日はよろしくお願いします、と挨拶すべきだ」と言う看護師がいました。その人は「ここの看護師は礼儀がなっていない」といつも怒っていました。

一方、最近の若い人は「教えられたこと、マニュアル以外のことは極力しない」傾向にあります。「明日はよろしくお願いします」と必ず言う決まりになっていれば、しぶしぶやるでしょう。しかしそれは「一般常識」というなんとも曖昧なものです。

 

「私だったらこうするのに」という一般常識は、相手にとって一般常識ではありません。

この事例のように、自分の中で一般常識だと勘違いしていることを他人に押し付けて怒っている人は結構多いです。

もちろん、やらなければならないとわかっていても、様々な理由でやらない人(めんどくさい、など)もいるでしょう。しかし、「最近の若い子は礼儀知らずだから」と決めつけて勝手にイライラしていると、ストレスがたまります。

「私にとっての一般常識は、相手にとっては非常識かもしれない」、という考え方をすると、一歩進んだ対象理解につながっていきます。

 

固定概念にとらわれず、相手に問いかけてみるのが一番良い方法です。

「どうして〇をしたのかな?」
「どうして〇をしなかったのかな?」

そうすると、意外な理由が返ってきたりします。

「先輩の手を止めさせてまで言うことではないと思ったので、あえて言いませんでした」

自分の固定概念で一般常識を考えていると、相手を否定的に見てしまいがちです。

「最近の若い子は…」と思う前に、問いかけてみましょう。
自分の視野の狭さに気づき、勝手にイライラしている自分から解放されますよ。

 

メリット2 時代背景にあった教育が出来るようになる

時代と共に、様々なことが変化していきます。
時代の変化の中で、教育の仕方も変えていくのが理想です。

特に最近は「宿題させない」「時間外まで残らせない」「怒らない」と言った教育方法に変化していきました。

しかし、数年前までは「宿題出すのは当たり前」「終電ギリギリまで残すのも当たり前」「叱って教育するのも当たり前」な時代でした。

看護の教育現場が変わるように、時代も移り変わっていきます。

 

私たちが知っている一般常識が、時代に合っているとは限りません。

例えば、最近の若い人にとって床は汚いものではない、というのが常識のようです。道路なんかで平気で座る若者をよく見かけるなと思ったら、そういう背景があったみたいで驚きました。

そうなると、医療の現場でも合点がいくことが結構ありますよね。

清潔なものを床に置く。

患者の私物を床に置く。

机の上が空いていなかったら床に置く。

私たち(私は30代ですが)にとって床は不潔なものだから、清潔なものや大事なものは床に置かないのは当然だと認識していても、今の10代・20代にとってはその認識にはずれが生じます。

この時「なんで床に置くの!」と怒っても、新人さんには響きません。
床は汚くないと思っているからです。

このような、時代とともに変化したちょっとした認識のずれが、対象理解にも影響していきます。「あの子は非常識な子だ」と決めつけるには、まだ早いです。

「私の時代の常識と、あの子の時代の常識は違うのかもしれない」と思えるようになると、相手に合わせた教育が出来るようになります。

 

対応策は、何でも決めつけずに、聞いてみる。これにつきます。

「どうして床に置いたの?」
「床に置くのは失礼だとは思わなかったかな?」

そうすると、またまた意外な答えが返ってくるかもしれません。

「私が荷物をずっと持ったまま、患者さんを待たせるのは失礼だと思いました」

何をするにも、人には理由があります。
非常識だと決めつけないで、理由を聞いてみましょう。

 

メリット3 「常識」を他人に押し付けなくなる

時代背景などにより、一般常識が変化しているという話を今までしてきました。
しかし一番は「自分と他人の一般常識は違う」という根本的な問題にあります。

同じ年代でも、価値観の違う友達は居ませんか?
非常識だな、と思う友達は居ませんか?

人は育った環境などにより、一般常識を構築していきます。

「私とあなたは違う人間である」ということを、忘れている人はとても多いのです。

 

よくSNSなんかでも「常識的に考えて…」とか「〇〇するべき」という考え方で炎上したりバズったりしているのをよく見かけます。

人によって、常識は違うんです。
自分では一般常識だと思っても、違う人から見たら非常識なものも中にはあります。

 

もちろん医療の現場の中で「患者さんの生命が第一優先である」という原則はあります。医療の現場の中で生命を軽んじることは、あってはなりません。

しかし時代の変化とともに、「患者の命を助けたい」という医療従事者よりも、「安定した職を求めたい」という医療従事者が増えてきました。

「患者に最善の治療を提供するためには、医療従事者の自己犠牲が伴うのは当然である」という古い考え方は、もう通用しない世の中です。

 

この古い考え方のまま教育を推し進めても、新人には賛同を得られません。
賛同を得られないということは、教育が上手くいかないということを指しています。

「常識的に考えて」と自分の理想を押し付けると、必ず反発にあうでしょう。

だからと言って、全て相手の意見を鵜呑みにする必要はありません。倫理的に間違った考えを持っている人の意見を通してしまうと、患者さんに不利益が被ることがあるからです。

「私はこう考えるけど、あなたはこう考えるんだね」と一旦受容する姿勢が理想的ですね。もちろん倫理的に間違っていることは「それは倫理的には間違っているよ」と言える姿勢も大事です。

まとめ

今回は、一般常識という考え方を捨ててみるメリットをご紹介しました。

メリット1 価値観の違いでイライラしなくなる

メリット2 時代背景にあった教育が出来るようになる

メリット3 「常識」を他人に押し付けなくなる

 

時代と共に、または人によって、常識という物は違ってきます。

自分にとっての常識なことを、相手にも当てはめて「あいつは非常識な奴だ」と決めつけるのはやめましょう。

それぞれのメリットの最後にも書きましたが、「相手がどうしてそう思ったのか」「どうしてそうしたのか」の理由を聞くまでは、非常識な奴だと決めつけるには早いです。

「私の常識が間違っているのかもしれない」と疑って、相手の話を良く聞く。これが出来るようになると、より新人さんのことを理解できるようになりますよ。

 

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